私自身の解釈をまとめてみようと考えた

そこで私は、私自身の解釈をまとめてみようと考えた。

そのためには、マレリー講師も引用した『生命の賓相』第11巻52ページの記述――「天地創造の大音楽は、その一音符から次の音符にいたる間の旋律の変化に、いうにいわれぬ平和と安息と調和とがある」――と、同講師のこれについての解釈――「一つの楽譜の中には休符を入れることができ、この無音の時があることによって、音を一定の時間味わえ、クレッシエンドの効果を際立たせることができる」――とが有効だと思った。

これらに書いてあることは、「音楽は踊休み.がなければ音楽にならない」ということである。言い換えると、音楽を楽譜に表せば、最初の音符がずっと長く続くことはなく、第1音符、第2音符、第3音符……というように次々に異なる音が続して表記されることになる。そうすることで、リズムが刻まれ、メロディーが生まれるのだ。このためには、第1音符が休み、次に第2音符に移ったあと、第2音符が休み、その次|こ第3音符に移る……というように、時間軸に沿って「発音」と「無音(休み)」とが繰り返されなければならない。

つまり、無音(休み)は、それに先立つ発音を受け止めて、味わうためになくてはならないものなのである。

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